お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

    “不思議ふしぎな大冒険? ”



     5



鎮守の森と呼ばれているそこは、
雑多な種類の木々がそれぞれ伸びやかに共存していて。
黒く濡れた真っ直ぐな幹はコナラ、
白っぽい幹が曲がりくねっているのはスズカケか。
熊笹はやナンテンは、細長い葉が出ていてそれと判りやすいが、
サツキの茂みは表の輪郭のみ残しているばかり。
辺りを多い尽くす一面の雪は、
昨日今日 一気にどっさりと降ったそれではなさげ。
落葉樹の作った天蓋の隙間から洩れ入る陽に照らされて、
表層面を覆う辺りは目映いほど柔らかそうだが。
茂みの奥なぞに沈んだそれは、
何日もかけて夜中に凍りついて固まった代物だろう、
何か鉱石の結晶のような透明感を含んでさえ見えて。
人影もないままの空間は、さながら、
神憑りな存在のみが分け入ることを許された聖域のよう。

 “よくよく意識を研ぎ澄ませれば、
  小さな生き物の気配もなくはないんだが。”

餌がないではない人里が近いせいもあってか、
鋭くて短い小鳥のさえずりも
時折 聞こえるほどではあるものの。
何と言っても厳しい寒さの中だから、
極力 身動きしないものが多いのだろし。

 “敏感な奴ならば、
  あるいは不穏な気配を感じているのかも知れぬがな。”

自分が身を置く世界と
何から何まで同じではないかもしれないが、
どうやらブナらしい、随分と大きな落葉樹の高みの枝股に、
しゃがみ込むようにしてうずくまると、
それとなく眼下を眺めやるクロ殿で。
こうまでの高みへ、しかも
おっかなびっくりならともかく、
そのままうたた寝だって出来るんじゃなかろかという、
危なげない安定感での張りつきようなのは、
本来の素性が猫の大妖だからだろうか。
そんな余裕のおかげさま、
よくよく注意深く見やらねば、
どうでも見つかりはしなかろうというほどに、
その気配を殺し切れており。

 “まあ、人の賊ならこんな高いところまで用心はすまいが。”

魔物封じの大妖狩りならともかくも、
寒村の僅かばかりの蓄えを狙うよな、
中途半端な盗賊の類いじゃあ、
段取りにせよ実行にせよ、そこまで周到とも思えない。

 そう、
 半ば思いつきで行動し、
 こちらの世界へ飛び出した小さい久蔵だったのに。
 まるで何物かに招かれたかのように
 丁度 来合わせていたキュウゾウらと出会えたのは、
 実は別口の用向きがあって此処へと運んでいた彼らだったから。

キュウゾウやカンベエらが住まうカンナ村は、
自然が多く居残る環境に寄り添った、典型的な自給型農村だそうで。
村全体で主にはそれは出来のいい米を作りつつ、
畑作を少々とそれから、
山へ分け入って自生する山菜を摘んだり、
猟師が仕留める獣や山鳥、川魚などなどもあってのこと。
よほどの贅沢を言わない限り、
基本の糧は身の回りで まま補給出来ているのだとか。
木綿は近隣の村で産しているし、
機織りの名手もいる。
鍛冶屋もあれば樵(きこり)もいて、
どんな道具もちゃんと間に合う。
それでも村で手に入らぬ物資が必要な折は、
自慢の米を担いで近隣の町まで行けば、
結構な値で買ってくれるので、それで賄っているとのお話で。

 『知る者は知っている、好銘柄の米ではあるが。』

だがだが、さほど広く喧伝まではしていないため、
それへと商品性を見いだしてのこと、
大量に生産し、決まった札差相手に取引すれば…という、
換金目当ての“商い”にしようと持ちかけてくる輩も寄り付かぬまま。
昔ながらの丁寧な作り方にて、
だからこそ質もいい米を作り続けているのであるが。

 『決して要領がいいとは言えぬがための、
  この長閑さをどう解釈されたのか。』

何者かから搾取を受けているでなし、
手間暇は惜しまぬが、
さりとて しゃにむということもない。

 『よって、米も金も余計は蓄えてはないというに、
  隠し金があるんじゃないか、
  そうでないならないで、
  前時代的に防御が薄いのじゃなかろうかと、
  好き勝手な解釈をされたよう…、?』

邪心持つ存在からの心算ありきと、掻い摘まんでの説明の終盤。
そうと締めくくりかけたカンベエが、
脈絡のない唐突な間合いで言葉を切ったのへ、

 『……。』

こちらも話の途中から、
何かしらの気配を察知していたらしき若いのが。
話は聞きつつ、だが、
そちらへ視線だけを向けて集中を分けており。
そんな様子を見て取ったカンベエもまた、

 『どうも気づかれたようだの。』

彼の勘の良さにか、それとも、
思わぬ格好のそれながら、
お初の来訪者へ村の窮状が露見したのが苦々しかったか。
クロへと向けて、
口元だけをほころばせ、男臭く微笑って見せてから、

 『お手をお借りしてもよろしいか。』

手短な言いようをなさったのへ。
こちらさんも少々くせっ毛の結い髪を、
頭の後ろで ふるんと揺さぶりつつ、

 『ええ。』

何とはなくの察しをつけてた、
その通りの展開だったせいだろう。
恐らくは物騒な示し合わせだというに、
それはにこやかな笑顔つきで了承して見せる。
大人二人の、
まるで何か楽しい演目への打ち合わせのようなやりとりへ、

 『?』
 『??』

金の髪した幼いお顔が二つほど、
それぞれの豊かな感受性を満たしてのこと、
屈託のない双眸を瞬かせ、何だ何だと見上げさせてくる中、

 『では…。』

彼が告げた“人ならぬ身だ”という説明を、
どこまでそのまま受け取ったカンベエなものか。
これこれこうと示された…結構 遠慮のない指示へ、
何の質問もせぬまんま、あごを引いて短く頷き、
そりゃあ身軽にこの位置へ 飛び上がった強わものだったクロもクロだが。
そんな瞬発力へ、

 『……っ!』
 『にゃっ!』

おおうと驚き、ついつい ひしと左右からしがみつき合った、
仔猫ら二人にこそ苦笑をしたものの。
そのまま子供らを連れて、
自分の持ち場へ速やかに引いた壮年殿も 随分な心胆しておいで。
そんな彼から受けた指示通り、
樹上に片膝ついての じいと待機しておれば。

 さほどの刻も待たずして、ごそもそと現れた者がある。

そちらさんもそれなりの、
警戒なのだか、もしかして気殺だか。
気を張り詰めてのこそこそと、
村人の聖域たる森の中へ、
無遠慮にも分け行って来た怪しい気配が幾つか。
日頃からも“絶対に入ってはならぬ”とまでの、
厳しい禁忌がしかれているワケじゃあない。
ただ、里を護ってくださる精霊の住まいだという、
神聖視する観念を忘れぬ、純朴な村人の皆様ならば。
自然という目には見えない相手への畏敬の心こそあれ、

 “こうまで毒々しい欲を押さえ込んではおるまいよ。”

身にまとった忌々しい武器のはらんだ殺気は、
はっきり言って大したことはない嵩のそれだが、
それよりも…意識して押さえ込んでるらしき意志が、
時々ひょいとはみ出すのが クロには拾えて。
いかにも生々しい代物なだけに
その浅ましさへと それなりに嫌悪を覚えた彼だったりもし。
腹が減った、美味い酒をあおりたい、
金になるもの手に入れたい。
中には、ただただ暴れたい、
誰でもいいから泣き叫ぶところを追い回し、
力の限り叩き伏せたいなぞという危ない意志や意図。
押さえ切れないほどもの容量で、
どす黒いまま抱えておいでの顔触れが、
こんな静かで長閑なところへ現れたとあって。

 “いつの世にも、何処にでもおるのだな…。”

恐らくのきっと、
カンベエが警戒しての見回っていたのは、
こやつらの村への接近に違いない。

どんなに上手に隠したつもりでも、
こちらの黒装束の若いのには、
あっさり他愛なく拾えてしまえており。
これはもうもう間違いはなかろとの目串を刺した上で、

 「そこなお人ら。」

文字通りの上から声を掛けたれば。
雪の中への潜入とあってのそれなりの工夫のつもりか、
白い毛並みの獣の毛皮を縫い止めたらしい笠が幾つか、
茂みや木陰というそれぞれの位置で、
全く同じ呼吸でひたりと止まったのが、
上から見下ろすと なかなか滑稽。

 「ここは神聖な鎮守の森だ。
  断りなく他所のお人が入るのは、本来ご法度なんだがな。」

微妙に芝居がかった言いようを重ねると、
相手もさすがに、
得体は知れないながら
自分たちを妨害する手の者が相手らしいとは断じたか、

 「…そんな高札なぞなかったがな。」

中の一人がそうと切り返して来る。
森をゆくためのそれなりの“小道”は、
村からの入り口からしか通ってはいない。
よって、意外な方向から、
しかも村へと向かう輩である以上、
そんな応じを待つまでもなく、
道なきところを無理からこじ開けて、
強引に入り込んだ連中であるのは明白。
律義に応じて来たのは
こちらを探ろうという動きともとれて。

 「知らぬのか、
  神様からのお許しが出ぬ者には
  大事なことほど見えぬのだ。」

せわしなく辺りを見回す連中なのは、
声の主の居場所が判らぬのが不安だからだろう。
まさかに頭上からの声だとは思いも拠らぬか、
それともそこも用心深さから来る慎重さで、
大きく身じろぎをして隙を衝かれることを恐れたか。
だとすれば、
場慣れしてはいても やはり大した連中では無さそうで。

 “とはいえ、吾も大した術式は使えぬが。”

人ならぬ身なればこそ
こうまで高い樹上へ飛び上がることこそ出来たものの。
実を言えば、思っていたより体が重い。
これもまた、こちらなりの“理り”
一種の縛り…制約というものが働いているせいだろか。
自身の体の差異だけじゃあない。
木々や風への働きかけも通じぬし、
地脈の力もそっぽを向いたままで つれないばかりで、
操られてくれる気配は とんとない模様。

 “この小さな“人の身”に封じられた力のみでしか、
  咒術は発揮出来ぬらしい…か。”

常の力があったなら、
巨躯をさらしての片っ端から襟首咥え、
天高く放り投げてやってもいい。
それとも、
木々の枝を腕の代わりに操っての次々繰り出して、
こんな連中、もっとたやすく手玉に取れたものをと。
そこを遺憾に思いつつ、
眼下の獲物らが立ちすくむ様、
高みから黙って見やっていたのは、次の段取りがあったから。
そう、摩訶不思議な代物で竦ませるのでは、
こやつらは懲りても別の狼を招くだけで際限(キリ)がない。
そこでと構えられた仕儀こそが本題で。

  ―― 斬っ、と

ほんの十数人ほどの闖入者くらいでは、
森の中のしんと清涼な閑けさも
さして乱されもせずの変わらぬままであったものが。
そこへと突き抜けたは 鋭い一閃。
目には見えねど、まるで質量があったかのよな、
それはそれは分厚い圧をおびた一陣の疾風により、
クロが見守る眼下の空間が、大きくたわんで ざくりと震えた。
気配や何やに鋭敏でなくとも拾えたほどの、
それは強靭にして威圧的な、堅い堅い颯(はやて)であり。

 「な…っ。」
 「え?」
 「何だなんだ?」

奇妙な声の次に襲い来た、猛烈な大風とあって。
これはますますのこと 神憑りな仕儀かと、
大きにその身をすくませる輩たちだったが、

 「はがっ!」
 「ぐあっ!」

ひとかたまりになってはいなかった一団の、
中央にいた数人が、
その疾風に撒かれたかのように身を跳ね上げ、
蹴たぐられたそのまま、次々地へと伏していったものだから、

 「げっ。」
 「どうした、お前ら。」

いくら何でも、
たかが一瞬の風にそんな威力があろうはずもなく。
何かに叩き伏せられたような、
そんな外力を受けたような…と察した残りが
ますます落ち着きを無くして周囲の木立を見回せば、

 「精霊の声も通じぬ輩は、
  手痛い目に遭っていただくしかないわの。」

武骨な意匠の大太刀を引っ提げ、
村へと至る方向の木陰から立ち上がった人影が一つ。
まだまだ非力な和子ら二人を隠れさせた上で、
これも手筈通りの仕儀、
村へと向かう方向に立ちはだかっていた、
カンベエ、その人であり。
軸足を前にした半身に構えての、
振り切ったばかりなのだろう太刀は
今は下方へ降ろされているものの、

 「野郎…っ。」

吹っ飛ばされなんだ残党が、
意気盛んにそれぞれの得物を抜き放つよりも素早く。
それは切れのある所作一閃、
愛刀の切っ先を、目線の高さ、いわゆる正眼の構えへ太刀を返すと、

 「…っ。」

それへと添えてのこと、
ぎりと尖らせた豪の視線が、一味を一気に射貫いた威力よ。
正しく“ほんのひと睨み”というやつで、
しかも距離を置いての一瞥だけだったというに、

 「な、なんだ…っ。」
 「何もんだ、あいつ。」

罵倒しようとした声さえ、
腰砕けになってのたわんだのも致し方ない。
さすがに簔は邪魔だったか脱いでいたカンベエで。
長々と足元まであろう丈の、
布がたっぷり取られた外套や砂防服に、
背中まで降ろされた濃色の蓬髪という、
ともすれば どこか怪しいいで立ちながら。
こちらを睨めつける双眸の、
放つ眼力の何とも重厚強靭なこと。
特に威嚇なぞしちゃあいない、
屈強な肢体を揺るがさぬ、
泰然とした立ち姿だというだけなのだが。
心のうちに疚しいものがある身には、
ただならぬ存在感の醸す、
剛にして鋭なる“気”に呑まれると、

 「う…っ。」
 「くぅ…。」

先程の疾風にも劣らぬ何かが問答無用で襲い来て、
走り抜けていったような気がした賊どもであり。
彼らの馬力の源でもあった、欲にまみれた邪心が蓋され、
そのまま気力ごと萎えてしまったらしく。

 “大した御仁だ。”

文字通りの威圧のみ。
直接手を掛けずとも、その身一つで、
それなりの意気込み抱えて遠出して来た悪漢どもを釘付けにし、
そのまま腑抜けにしてしまうとはと。
彼らと違い、
感応力にてその気概を正確に拾い上げている身のクロ殿が、
確かに こりゃあおっかないと認めてのこと、
口許をゆるめて苦笑したほど。

 “さて…。”

一風変わった段取りではあれ、相手を金縛りに出来たので。
この隙にと、
今度は音もなく地上へ降り立ったクロが手掛けるは、
カンベエが隠しておいた縄を手にし、

 「…ほい。」
 「あ…? え? な、何だお前っ。」

雪を踏み締める音も、茂みをかき分ける音も、
不思議と全く立てない存在ゆえに。
あっと言う間に近づいての腕を取り、
輪っかにした縄の端を引っかけちゃあ、
片っ端からという手際のよさで、
次から次へと“お縄”にしてゆく若いので。

 「は、離せ!」
 「はいはい、抵抗しない。」

さすがに、
睨みを利かせたカンベエとは別口の、
しかも見栄えも相当にお若いのへ、
あっさり屈する言われはないということか。
掛けられた手を、振り払おうと仕掛かる者もいたけれど。
そこはこちらも場慣れしているクロであり、
穏やかそうな笑みを、
時折キロリと冷ややかなそれへと塗り込めつつ、
掴んだ手へ絶妙に、一点集中の力みを加えるものだから。

 「あだだだだ…っ!」
 「痛い、すまん、参ったっ!」

 「おやおや。」

そちらもまた、小太刀一つ出しもせぬままなクロ殿の、
素手での対処があまりに見事すぎ。
大したものよと感嘆の声を出す壮年だったが、
それもこれも、あくまでもカンベエを見習ったまでのこと。
自身の手を汚したくはなかったからでも、
大して腕っ節も強くはない雑魚が相手だからでもなく。
神聖な場所での殺生を避けたかったらしき、
カンベエだったようであり。
ましてや今は、連れに幼子もいる身だ。
要らぬ荒ごとを見せる必要もなかろうと構えたは、
彼ほど余裕がなければ そうは出来ぬこと。

 “そういや、どこへ…。”

和子らは儂が匿うから…とだけの打ち合わせ。
木立ちの中の一体どこへ押し込まれたのかなぁと、
クロの意識がやや緩んだのと、

 「にゃっ!」
 「あ、久蔵っ!」

そんな愛らしい声が立ったのがほぼ同時。
雪という隠れ簑に覆われていたのみならず、
自然への呼応のコツも心得ている人猫。
そんな彼らだからこそ、
まずは見つからぬはずだった和子たちだったのに、

 「…っ!」
 「…あ。」

そも、まだ年端も行かぬキュウゾウを連れていたのは、
あくまでも…森の周縁に仕掛けた目印を確認するだけの、
見回りという遠出のつもりでいたカンベエだったから。
そこへの異変、誰かが侵入中という気配を感じたので、
さりげなくも彼を家まで戻すつもりでの帰途に、
残念ながら最悪の事態が追っかけて来たようなもの。
勘も飲み込みもいいが、それでもまだまだ人へと向けての刀は早いとし、
木刀以上を持たせてはないキュウゾウには、
小さい久蔵を守って隠れておれと言い聞かせたが。
まさかに相手がこうまで逼迫してしまおうとは、
こちらにとっても計算外。

 「ち、近寄るなっ!」

逃げんとしたその先に…と言えるかどうか。
クロの立つ傍らを擦り抜けて、
素直に真っ直ぐ向背へ撤退しておれば、
手も届かなかっただろう距離があったので
あるいは…という可能性もあったかも。
だというのに 何をしているやら。
よく見つけたなというほど それは上手に、
スズカケの根方という物陰に隠れていた和子二人。
彼の側での必死さから起きた奇跡のような力にて目に留まり、
そのまま捕まったのが小さい久蔵で。

 「このガキがどうなってもいいのかよっ!」

しゃにむな一念が悪あがきを誘ったのか。
それが集中力となり、
千載一遇とも言える奇跡から、
こちらの隙をまんまと射止めたのかも知れなかったが。
ただ逐電を図るでなく、幼子を盾にするとは、
諦めが悪いだけじゃあなく、どこまでも性悪な輩であったらしく。

 「にゃあぁっ!」

恐慌状態の知らないおじさんに華奢な腕を鷲掴みにされ、
痛いよぉ怖いよぉと悲痛な声を上げる小さな幼子。
この雪の中、
荷物になろう人質抱えてどうしようというのだろうか。
不利になりこそすれ、
事態は決して好転しはしない方へと
自分から転がり込んだだけでも救われないし。
それへとかてて加えて…

  ―― つくづくとツイてない奴よ、と

この場にいた、クロやカンベエのみならず、
キュウゾウや小さい久蔵にまで思わせた、
そんな非業の事態へなだれ込んでしまうこと、
今の彼には到底判りようもなくて。

 「いいから、道を空けなっ。動くんじゃねぇよっ。」

拘束するのに、片腕で十分足りるほどの小さな人質。
それを得てのこと、
しおれかけてた意気も少しずつ上がっているようで。
それにしては“お仲間を解放しろ”とは言い出さぬまま、
逆らわぬままで立ち尽くすこちらの大人二人を
せわしなくも交互に見い見い、じりじり後じさる男だったが。

  その背後へまでは…さすがに注意が回らなかったらしく。

あと少しで、
自分たちがやってくるのにつけた足跡の道へ
戻れそうなとあってだろ。
自分の懐ろ、にゃあんみゃあんと悲しげに鳴く坊やに、
うるさいなと一瞥くれてやりかかったその間合いに重なって、

 「いい気になんなよ、このサンピン。」

大地の底から滲み出して来ての ずずんと響くよな。
一体どこの邪霊が紡ぐ怨嗟かというよな
おどろ恐ろしい声が低く轟いて。

 「………え?」

何だ何だ、誰か何か言ったか、
恐ろしい声色出してんじゃねぇとかどうとか思ったのだろう。
険しい顔して、それでも退路となる向背を、
肩越しに振り返りかかった次の瞬間…。

  しゅん・かっ、かきんっ、と

風を断ち切る何か鋭い得物の音が飛ぶ。
硬質の金属をも弾いたような物音であり、
え"?と総身を凍らせた賊の男が、
どこから聞こえたそれかと
再び確かめかかったその動作と どっちが早かったものか。
笠や簑の上へと縫い付けられていた毛皮がばさばさりと落ち、
肩当てだったか、金属の防具らしい何かがその身をすべったのち、
やはり足元へドサッと落ちたのを皮切りに。

 「あ、あ、わわっ、あああ…っ。」

次々にあちこちの装備が落ちての剥がされてゆくのへ、
やはり再び、軽く恐慌状態になった男の手元から。
とっくの早々と、
長柄の先にて“見事な一本釣りっ”とばかり、
引っこ抜かれての無事に助けられていた仔猫の久蔵。
その過程でポーンッと宙を舞ったのが楽しかったか、

 「久蔵っ、」
 「にゃぁにゃvv」

案じて駆け寄るキュウゾウお兄さんよりも、
すっぽりと腕の中へナイスキャッチしてくれた方のお兄さんへと
そりゃあ美味しそうな甘い笑顔を向け倒す始末。
キュウゾウくんが訳さずとも、カンベエにも意味は通じて、

 “おいおい“もっともっと”じゃあなかろうよ。”

一応は直接の保護者にあたろうクロ殿が、
お縄にした賊らをあらためての押さえ付けた上で、
肩越しに振り返りつつ、困ったように笑って見やった先にて。

 「かわいい久蔵ちゃんに、何てことしてやがる。」

ひゅんひゅんっとの風切りの唸りも勇ましく、
使い慣らした朱柄の長槍、
そりゃあ鮮やかに大きくぶん回して見せた彼こそは誰あろう、

 「シチっ!」

つややかな金の髪をきゅうと頭頂に結い上げた、
きりりとした美貌の遊撃手。
上背があって均整の取れた肢体も麗しい君だというに、
防寒用か、袖の四角い和装の綿入れを羽織っているのが、
ちょっとした判じ物のようだったが。

 “うわ〜、七郎次様にそっくりだ。”

強いて言えば、こちらの君の方が野性味が強げで。
そういや、こちらのシチロージさんは、
軍にいた頃のそれ、上下関係があったにもかかわらず、
カンベエ様を結構圧倒しているとも聞いたようなと。
和子二人になつかれて余裕の笑みを振りまく美丈夫へ、
ちょっぴり余計なお世話のおまけを
思い出してしまってたクロさんだったりしたそうな。





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 *どの辺が“大冒険”なやらでしたな、やはり。(こら)
  よほどのこと勘が鈍っているものか、
  どんだけ書いても、乱闘シーンというほどでもない、
  ほわんと大人しい出来にしかなりませんです、すいません。
  ただ、こっちのシチさんが出てくる段取りにはしたかったんで、
  そこへ辿り着けたので、
  今日のところはこのくらいで…勘弁してやってください。(…低姿勢)


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